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情報化社会である。 パソコンが社会のすみずみまで駆動する時代である。
こう誰もが言い、私もいくどか書いた。 ところがである。
パソコンやワープロは機械だ。 それを使って文章を書くと、大量生産の品物のように粗雑で画一的なものしかできないと、まだ考えている人がいるから驚かされる。
大量生産が一粗製濫造の代名詞にしかすぎなかった時代は、はるか昔のことに属する。 それに、粗雑で画一的な文章しか書けないのは、鉛筆で書こうが、万年筆で書こうが、ボールペンで書こうが、パソコンで書こうが、本質的には関係ない。
文章が下手だからだ。 ただし、文章のあまり得意でない人が、万年筆で書くのと、パソコンで書くのとでは、パーソコンの方が目立って上達が早いと、私は経験則から断言できる。
書くということをもう少し広げて、考えるということに置き換えても事情は同じである。 パソコンを活用するとしないとでは、思考の上達にうんと開きが出るのである。
「技術」の特徴は、進化することだ。 機械技術に限らない。

思考の技術だってそうだ。 「技術」の進化には、大別して二つの側面がある。
一つは、道具・機械(メディア)の進化であり、いま一つは組織の進化である。 思考の技術の進化もまた同じである。
文字のなかった時代、文字を石に刻んだ時代、紙ができペンや筆で書いた時代、活字が)でき大量の同一文書が同時に読めるようになった時代、等々というように「文字」とか「書く」を中心におく場合では、なおのこと思考の技術の進化は、思考の「メディア一言の昌四」の進化とともにあった。 ソクラテスのように「市場」で、プラトンやアリストテレスのように私設の「学園」で、中世の専門の学僧と書庫を持った「スクール」(修道院)で、寺子屋で、近代の大学で、研究所で、等々というように、思考の技術の進化は思考を研究・教授・伝達する組織・機一関の進化とともにあった。
私は根っからの進化論者である。 しかし、残念ながら機械に親しんでこなかった。
それでも、思考の「技術」を、肯定的側面に光を当てるような形で、かなり熱心に述べようとしてきた。 そのことを確信を持って言えたのは、私が慣れ親しんできた思考の達人たち、とりわけ哲学者たちが思考の技術者だったからだ。
誰にでも明快に伝わる思考を展開したからだ。 麺もちろん、私は思考の道具、例えば万年筆に大きな恩恵は受けてきた。
しかし、コンビユータという思考の機械は、まだまだ個人が、それも素人が簡単に操作できる代物だとは、とうてい思えなかった。 ところが、ワープロが現れ、パソコンが普及してきた。
最初、モニターも小さく、漢字変換もままならなかったワープロが、またたくまに能力を上げた。 しかも操作が簡単になった。

パソコンの進化はさらに急だった。 パソコンは、思考する機械として初期段階を終え、激しく進化しながら成熟期を迎えようとしているように思われて仕方がない。
その目安は、パソコンを誰でも自在に操作でき、思考活動と一体化しえることにある。 ごく単純に言えば、パソコン初心者がわずかの準備でそれを自在に使うことによって、思考活動を質量ともに活性化できるかどうかである。
できる、というのが私の回答だ。 私の回答の出所は、私自身パソコンの初心者で、しかもその恩恵を誰よりも多く受けているという事実からきている。
本書は、全編、その私の経験に基づいたものである。 機械下手の人間が、五○なかばに達して、パソコンと離れることができなくなった。
なによりもこの機械が賢いからだ。 ひとまず、そう言って本編の道案内としたい。
ちょうど『哲学の構想と現実』を書いていたころだから、三九歳、一九八一年のことだ。 三重県は伊賀の上野市の南端の過疎地に住んでいた。

夏休みで、家族は実家のある北海道の札幌に帰省している。 注文による書き下ろしは、はじめての試みだったので、仕事のほうははかどらなかった。
それに暑い。 書いていると、汗が全身からしたたり落ちる。
原稿用紙に手の甲を付けると、汗でべっとりとにじんでしまう。 それでも仕事はおもしろかった。
白水社の二○○字詰め(はんぺら)原稿用紙が、たまらないほどすてきだった。 そこに、ゆっくりと、シェーファー社のスターリング・シルバーを軟らかく走らせる。
インクは、モンブランのロイャルブルー。 万年筆は、小型だが重く、インクの出がとてもいいから、軽く引くように紙面を滑るのである。
この万年筆は友人のものだった。 十分に使い込まれていた。
ある機会に、ちょっと使わせてもらい、欲しくなってたまらず、モンブランのバカ高い新品を買って、むりやり交換してもらった(私にとっての)逸品である。 万年筆を使うと、しかし、ペン先が減って、インクがぼたつと落ちるようになると、恐慌状態に陥る。
新しいペン先になじむために、どれほどの時間がかかるかわからないからだ。 ところが、このシェーファーはいつまでも書ける(ような)のである。
、関西地方に二三年暮らした。 偶然というか、札幌に職があって、もどってきた。
あいかわらず、シェーファーで書いていた。 すごい持久力である。

奇跡としかいいようがない。 八五年から八六年にかけ、『昭和思想史帥年』(二二書房)を書いた。
書き下ろしで、しかも一○○○枚を超えた。 さすがにうんざりした。
書くのは好きである。 頑張れば、一日四合計五○○枚、二カ月びっしりかかって書き上げたとき、編集者から、「Wさん、作家の字になってきたよ」と言われた。
正直言って、心の底からうれしかった。 指に力が入らなくなる。
文字ががたがたになる。 原稿が、訂正や書き込みで、読みづらいを通りこしてしまいそうになる。
それに、いよいよこの万年筆も、油断をすると、インクがぼたっと落ちだした。 書く枚数が少ないのなら、なんということはない。
だが、このころ、すでに活字になったものだけで、毎年一○○○枚以上を書く計算になっていた。 大半は書き下ろしである。
うろうろする気持ちで、いくつかの万年筆を試してみた。 どれも、書きよくても、すぐに疲れてしまう。

山のような原稿用紙に書き込む作家たちは、どうしているのだろうと考えることしきりであった。 書きなぐってもいいという気持ちにはなれなかった。
編集者にすまない。 活字を拾ったり打ったりする人にすまない。
なによりも、自分が許せない。 マス目に、下手でも、一字一字を書く。
それが物書きの最低の礼儀。 同じころ、月刊の文芸誌『北方文芸」の編集をやらされた。
毎月、腐るほど、生原稿を読まなくてはならない。 若い書き手の中に、原稿をワープロ書きで送ってくる人たちが数人いた。
みんなうまかった。 広瀬、東、蒲生、森谷。
その一人が、ワーピストだった。 ワープロの効能をとくと聞くいとまもなく、富士通のオアシスを買い込んだ。

しかし、軽率だった。 二行だけ文字表示が出るこの機械は、まったくなじむことがなく、ほこりをかぶり、姿を消した。
記憶からさえ消えてしまった。 今、この原稿を書いていて、はじめて、「最初の」ワープロとの出会いが、オアシスだったということに気がついたほどである。
でも、一度思いこんだらというのか、めげなかった。 シェーファーがだめにならない前にという、せっぱ詰まった気持ちもあった。
次に、文豪ミニ7を買った。

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